雨上がり。
今日は世田谷区から。
先日の大阪水無瀬にて、花びらに乗った雨の雫が、涙に感じられたことがきっかけです。
あれから雫を見るたびに、「これが涙だとしたら…、何の涙か?」と問いかけてみるようになりました。
ここに映る雨の雫が、仮に涙だとしたなら―、どんな涙に感じられますか?
角膜を乾燥から守るため?
ゴミを洗い流すため?
ストレスを緩和するため?
と、判断したのは現代までの人類であり、本当はまだ解明されていない、もっと違う何かが、ある可能性はありますよね。
時折、稽古会の実習中を終えると、涙が流れていることがあります。相手の背中に手を当てて、深い集注に入り、終えた際に流れている涙に気がつく。
特に悲しくもないし、深い感動もない時に、無感情で流れている。けれどもなぜか、心地よい。
何なのでしょうかね。勝手に流れるこの涙は。
ツルたちが何だか嬉しそう。
左と右の写真の比較で言うと、左はいつも通り、目玉がキョロキョロできる。右はぼんやり見てしまう。
左は写真を見ながら首が自在に動く。右はなぜだか、うなずく方向へ首が動いてしまう気がする。無理やり上へ向こうとするとつらくなる。
首や視線の動きで言うと、左の写真は何の動きも伝わってこず。右の写真は、右下に流れていくような感じが私は出てきますが、みなさんはいかがでしょうか?
こちらの右の写真だと、視線や首は、上方向へ導かれていくような感じが出てきます。反対に、うなずく方向へ行こうとすると、ちょっとつらくなってくる感じが私にはします。
こちらはポロっとこぼれた涙ですね。
視線や首に伝わる動きで言えば、こちらの右の写真は、反時計回りな感じがします。時計回りに見ようとすると苦しくなるような感じです。
汗というのも、感情の揺れでも流れ出る、不思議な液体ですよね。
左の写真では、同じ葉っぱに乗っている雫を見ても、こちらは「ただの水」な印象です。
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「悲しい時」
泣くこと。
涙を出しても良い。
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野口晴哉 著『風声明語』(全生社)より






























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