2026年6月10日水曜日

【足元をみつめて、宇宙の彼方へ思いを馳せて】10日(水)


訪れたことのある場所が、テレビ画面に映ると何だか、胸の中がふわふわしますよね。
 
 
令和六年の『月刊全生』カバー写真が、「京都研修会館」(御室稽古場と同じ敷地内の建物)のどこかを切り取った写真でした。毎月、それがどこの写真なのかを見つけるのが、毎月京都へ通っていた私の、ちょっとした愉しみでした。

というわけで、この写真の場所はどちらでしょうか?
今日は御室稽古場にて、出稽古でした。

飛び石の隙間から顔を出す、「トキワハゼ」。もしかしたら多くの受講生に、蹴られ、踏まれたかもしれません。それでもひたむきに咲きほこる、3ミリの小花。

きっと時間に追われていると感知できない、足元に拡がる物語―。
 

駐車場の片隅に咲く、たぶん「ニワゼキショウ」という花。朝咲いて、夜には散ってしまうそうです。

心地よいそよ風に誘われて、お散歩に夢中になっていると、乗ってきた自転車を忘れて帰ってしまうところでした。

思い出して、取りに戻るに途中で目に飛び込んできたのが次の場面。
朽ちた樹の幹に降り注ぐ、お日様のスポットライト。そのステージ上に、いろんな生命がわちゃわちゃと絡み合っています。ついでによく見ると蜘蛛の巣も絡み合っています。

ほぼ同じ角度の写真ですが、右のほうが何だか肚(はら)にズドンと来ます。

敢えてセンターを外して撮ったのに、目を閉じて、「撮らされた写真」では、堂々と真ん中に鎮座した黄色い花。キク科の「イワニガナ」というそうです。

青々としたドクダミの葉が生い茂る中で、パキッと垂直に垂れる枯れ花に惹き込まれました。

右の写真では、ほんの2センチ画角がずれただけで、萎(しな)びた花の奥の光へスーッと、視線が抜けていくような気がします。
 
 
薫風吹き抜ける、御室仁和寺、仁王門前。
青空に映えるこの綿毛の花は、チガヤ(茅萱)というそうです。


浅茅原(あさじはら) つばらつばらに もの思へば
故(ふ)りにし 郷(さと)し 思ほゆるかも 
(大伴旅人 おおともの たびと)『万葉集』より


「浅茅(背の低いチガヤ)が生えている野原を眺めながら、しみじみと、物思いにふけっていると、かつて過ごした故郷のことが思い出されるようだ」


大宰府(福岡県)に赴任した大伴旅人が、故郷の明日香(奈良県)へ思いを馳せて詠んだ歌だそうです。

  
すきまからひょっこり草花シリーズ。
こちらは「ツメクサ」という名前のようです。
いつもお世話になっている、ご近所の神社にて。

グレーの敷石の間に、鮮やかに輝く一粒のキンカン。
どういう経緯にて、こちらに紛れ込むことになったのか、彼のたどったストーリーに、思いを馳せてみたくなります。
 
たそがれの、愉しみな時刻。
最近は、18時半から19時半頃がゴールデンタイムです。
東京なら、15分ほど前倒しです。


水と光と植物たちと、一緒に戯(たわむ)れています。


この日、この時、この瞬間を、みんなで祝福するように―。

東京から一緒に引っ越してきたモンステラ。また新しい葉が生まれ出ようとしています。

昨日、横浜の出稽古で教わった、「身体の厚みを出す稽古」を転用して、撮影動法に活かしています。

右の写真、肚(はら)がドーンな感じが、どこか伝わるでしょうか?

金星と木星が横並び。近頃かなり接近してきましたね。あと2日後くらいに、水星も一直線上に並ぶらしいです。明日晴れたら、頑張って水星も探してみます。


花のシルエットの隙間から、二連星を覗き見るように撮ったのが左の写真。敢えて夜空にピントを合わせて撮りました。

右の写真は目を閉じて、動法によって撮らされた写真。いつもと反対で、こちらの方が手前の花にピントがバッチリ合っているのが面白いと思いました。

夕空に薄れゆく飛行機雲が、天の川のように見えました。

散りゆく桜の美しさと、消えゆく飛行機雲の美しさは、どこか似ているように思えました。

今日も佳き、稽古の一日でした。 
 



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