2026年7月29日水曜日

【1000年前に思いを馳せて】(お参り稽古)29日(水)


私が京都へ引越してきたのは今年の三月。それから少しして、五月頃だったと思いますが、平安時代の地図を目にする機会がありました。

古地図を現代の地図に重ねて、調べてみました。1000年前、私の住む右京区花園に、何があったのか。


私の自宅、花園稽古場の土地はかつて、平安京の北西端の境界線間際に位置していました。地図には『東新御所』と書かれています。


平安京オーバーレイマップ(京都アスニー)』より


東新御所(ひがししんごしょ)は、鳥羽天皇の皇后であった藤原璋子(ふじわらのしょうし/たまこ)[院号:待賢門院(たいけんもんいん)]が、晩年を過ごした邸宅とのこと。

待賢門院は幼少期に父を亡くし、白河法皇に育てられ、鳥羽天皇の妃となり、崇徳(すとく)天皇、後白河天皇の母となった人物です。17歳年下の西行法師が生涯恋い慕い続け、出家する原因となったそうですが、調べていくほどに何か不思議な縁を感じています。


私の自宅から一番近い神社が、上の地図にもある今宮神社なのですが、こちらには引越し当初からよくお参りさせていただいています。その向かいにあるのが花園東陵で、こちらにも毎回お参りしていました。

こちらに眠られておられる統子内親王(とうし/むねこないしんのう)が、待賢門院の皇女であることを知ったのはしばらく経った後でした。もしかしたら待賢門院が、私の身体を使って、我が子のお墓参りに行っていたのかもしれないと、不思議な妄想が膨らみました。


今日は花園西陵、待賢門院が眠るお墓へお参りしてきました。住宅地の中を縫った奥に、ひっそりと佇む静かなところです。


カーブした坂道を数十メートル登った丘の上で、手を合わせてきました。




蝉時雨(せみしぐれ)に包まれる中、「お参り稽古」です。

①手を合わせて閉眼。
②アゴを微妙に上下させて、体の内側の空間が広がる角度を見つける。
③鳥居の向こう側にいる待賢門院の存在感に100%集注する。
④自分の身体に戻ってきて、自分の背部に100%集注する。
⑤「向こう側」と「こちら側」を往復して、その間の境界線に吸い込まれていく。

⑥外側から聞こえてくるセミの鳴き声が、身体の内側のどこかで微かに響いていないか、丁寧に観察する。
⑦内側で響いている箇所を捉えたら(今回は左のお尻の外側辺り)、そこに集注して外の音を中から聴く。
⑧時間と空間が溶け始めて、「ゆたかないま」が訪れる。


「心を込める」とか「気持ちを向ける」とか「感謝して」とか、「それって実際どういうことなのだろう?」と考えていた時期がありました。

「結局は気持ちの問題よ」と言ったときの、「気持ち」って?
「精神的な問題っていうこと?」と。


もしかしたら私が十代の頃から抱え続けてきたかもしれないその問いの答えが、二年前、ある人の言葉で、何だか腑に落ちたようなことがありました。

「すべてに感謝すればいいんだよ。じゃあその感謝って何か?

『感謝する』っていうのは『実感する』ってことなんだよ。

例えばどら焼きを食べて、『どら焼き、うめぇなぁ』ってしみじみ実感しながら味わうことだよ。

好きな音楽を聴いて、『最高だなー!』って全身で感じることだ。

落としたボールペンを拾ってくれた人がいたら、『わざわざ腰曲げて拾ってくれるなんて、凄い、有り難い、最高だなこの人!』って全力で体感することだ。

その『実感する』っていうのが『感謝する』っていうことなんだよ」

と、そんなようなお話でした。


「体感する」っていうのは、つまり、「身体の感覚」によって得られる体験ですよね。

私たち(晴風学舎)が「身体の稽古」をしているのってつまり、精神(と思われているもの)を身体を通して実感、体感するということなのかもしれないなと、そんなきっかけをもたらしてくれた言葉でした。

だから私は、お参りの際にも、精神ではなく、身体の稽古をしているんです。1000年前のあの人の思いを、少しでも感じたいと願うから。

それがきっと、いま私がバトンとして、この「身体」と「感覚」を有している理由ではないかと思うから―。

 

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