(壬生忠岑 みぶのただみね)
空に残る有明の月が、そっけなく見えた。まるであの日のあなたのようだ。あなたと別れたあの朝以来、明け方を迎えることほど、憂鬱なことはない
私はふっと、ある先生の言葉を思い出しました。
「今は、毎年の活元大会が9月の、野口晴哉先生の生誕記念として開催されているけれど、私は以前の、毎年6月に開催されていた頃のほうが好きだった。
先生を亡くした、あの頃の気持ちを、いつまでも降り止まない、長雨とともに、思い出せるから」
その先生の言葉を思い返すと―、ふと、冒頭の歌人の気持ちが―、「あ、もしかして―」と、少し違った角度から想像することができました。
「暁の憂鬱さ」も、「つれないあの人の思い出」も、避けたい、思い出したくないものではなくて、むしろこの沈んだ気持ちに、名指し難いモヤモヤ感に、何度でもじっくりと浸りたいのではないかと、そんな風に思えました。
◆
今日は等持院稽古場へ出稽古。「筆動法」の稽古の最後に、梅雨から連想される一字を、個々に思い浮かべて書きました。
私が選んだのは、「沁」―。
今日の稽古の始めに、点を打つ稽古をしました。身体を沈める深さによって、点を打ち分けられるのが、ボールペンにはない、筆の面白さだと教わりました。
ひたすら点を打っていく感覚が、降り続けて止まない、雨の雫になったかのようでした。
◆
最後に選んだ「沁」は、すべての画が重なり合わない、まるで雫を散らして構成されたような字です。
すずりに水をつぎ足しつぎ足した最後のうす墨が、湿り気をおびて波打つ半紙に、静かに滲んでいきました。




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